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高知地方裁判所 昭和51年(ワ)18号 判決

原告 有限会社 渡川養魚場

右代表者代表取締役 大前道夫

右訴訟代理人弁護士 藤原周

被告 株式会社 松栄

右代表者代表取締役 松崎泰朗

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 土田嘉平

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金四四八万四六四八円及びこれに対する昭和五一年一月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金八四二万八二〇〇円及びこれに対する昭和五一年一月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告会社は、肩書地において養鰻業を営んでおり、被告宮地はベンドロータリーポンプ(以下「ベンドポンプ」という)を発明し、その製造、販売を業としており、被告株式会社松栄(以下「被告会社」という)は、被告宮地の製造するベンドポンプの販売代理店である。

2  被告宮地の製造するベンドポンプは、養鰻等を池から他所に移転するため考案され、養鰻等を池の水と共にポンプで吸い揚げ、ポンプからはき出した圧力によってパイプ内を搬送するもので、養鰻等を無傷で搬送できると宣伝されていたものである。

3  昭和五〇年七月六日、原告は、被告両名との間で、次のような契約(以下「本件契約」という)を締結した。

(一) 被告両名は、原告の養鰻池で、ベンドポンプを用いて養鰻の搬送の実演を行う、具体的には、別紙図面第四号養鰻池(以下「第四号池」という)内の養鰻を、同池から約三〇メートル離れた別紙図面(A)、(B)の両池(以下「(A)、(B)池」という)まで搬送する。

(二) もし、右実演の結果が良好であれば、原告は、ベンドポンプ一台を買受ける。

4  被告両名は、右契約に際し、黙示に、第四号池内の養鰻を、(A)、(B)池内へ「無傷」で搬送することを請負ったものというべきである。

5  被告両名は、右同日午前一〇時頃から午後五時三〇分頃までの間、ベンドポンプを使用して第四号池から(A)、(B)池まで二三〇〇キログラム(以下、単に「キロ」という)の養鰻を搬送したが、そのうち、一〇八六キロの養鰻(内訳は、一匹約一四グラムの養虫三二八キロ、一匹約二〇〇グラム以上の養太七五八キロ)を死傷させてしまった。

6  被告両名の右債務不履行(不完全履行)により、原告は、次のとおりの損害を蒙った。

(一) 養虫三二八キロについて

(1) 養虫三二八キロは商品価値がなく廃棄した。

(2) 一匹一四グラムの養虫は三二八キロで約二万三四二八匹あり、これが一匹二〇〇グラムの養太に成長すると四六八五・六キロとなる。養太は一キロ当り二二〇〇円であるから総売上げは一〇三〇万八三二〇円となるはずである。

(3) 飼料の効率は六〇%である。即ち、一〇〇グラムの飼料を与えると六〇グラムに成長する。

一匹一四グラムの養虫を一匹二〇〇グラムにするには、飼料三一〇グラムを要する。一匹一四グラムの養虫二万三四二八匹を一匹二〇〇グラムに成長させるに要する飼料は七二六二・六八キロである。

飼料は二〇キロ当り四〇五〇円であるから、飼料代として一四七万〇六九二円を要する。

また、消毒費、人件費等の雑費が約九〇万円を要する。

(4) 以上により、養虫三二八キロを成長させて売ったなら一〇三〇万八三二〇円の売り上げがある予定であり、その経費としては、飼料・雑費として二三七万〇六九二円が支出される見込みである。

したがって、原告は、養虫三二八キロの死亡により七九三万七六二八円の得べかりし利益を失った。

(二) 養太七五八キロについて

養太七五八キロは、死鰻として八一万七三〇〇円で売った。もし、死鰻でなければキロ当り二二〇〇円で売れて一六六万七六〇〇円を得るはずであった。

したがって、原告は、養太七五八キロの死傷により八五万〇三〇〇円の得べかりし利益を失った。

7  よって、原告は被告両名に対し、債務不履行に基づき、前記損害のうち、金八四二万八二〇〇円及びこれに対する被告両名への訴状送達がなされた日の翌日である昭和五一年一月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の事実は否認する。

本件契約の法律上の性質は、ベンドポンプのいわゆる試験売買(または試味売買)であり、原告の養鰻池でベンドポンプを用いて養鰻搬送の試験をなし、原告の納得が得られれば原告はベンドポンプ一台を購入するというものであり、試験結果について原告の納得が得られず、原告がポンプを購入しないことにした場合にも、被告らは、原告に対して搬送の対価を請求することができないというものである。被告らが原告に対し負担した債務は、右の意味での無償搬送ということだけであり、養鰻を「無傷」で搬送することまで請負ったものではない。

3  同5の事実中、被告らが原告主張の日時にベンドポンプを用いて第四号池内の養鰻を(A)、(B)池まで搬送したことは認めるが、搬送した量は知らない。その余の事実は否認する。

4  同6の事実は否認する。

5  同7は争う。

三  仮定抗弁

仮に、被告らが、第四号池内の養鰻を「無傷」で搬送することを請負い、かつ、被告らの搬送の結果右養鰻が死傷したものと仮定しても、右死傷の結果は、次の理由により発生したものであり、被告らの責に帰すべき事由に基づいて発生したものとはいえない。即ち、

1  被告らは、本件実演に先だち、昭和五〇年七月二日原告方に赴き、ベンドポンプの性能を説明するとともに、ベンドポンプは、一分間に一・三トンの水が養鰻とともにあがるので、それに応じた水量が確保、補給されていないと、鰻が池のヘドロによって損傷することを説明した。

2  ところで、第四号池は、もと水田であって、底土が田土であり、そこへ養鰻の排泄物、飼料くず等が堆積して底部はヘドロ状態となっていた。

3  然るに、本件実演開始当時の第四号池の水量は少なく、被告らは原告に対し再三池へ水を補給するよう指示したが原告は水の補給をせず、また池の水の攪水装置も作動させなかったため、池の中で酸欠状態を生じ、死鰻が続出したのである。

4  以上のとおり、養鰻の死傷は第四号池の酸欠状態のため生じたもので、これは被告らの責に帰すべき事由に基づくものではない。

5  なお、ちなみに、ベンドポンプは、昭和五〇年五月に完成し、同年六月一二日高知市仁井田で養鰻の池上げの実演を行ったが、その際の結果は、二・五トンの養鰻を搬送して死傷魚が六、七匹という良好な成績であった。

また、被告会社は、原告方で実演したのと同種のポンプをその後も訴外ノーリツ商事株式会社外一〇名に合計一一台販売したが、死傷魚が出たというクレームは全然受けていない。

四  仮定抗弁に対する答弁

1  仮定抗弁冒頭の記述並びに仮定抗弁1ないし4の各事実はいずれも否認する。

2  同5の事実中、ポンプの完成日と、被告ら主張の日に、同主張の場所で実演があったことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  第四号池は、面積一五四七平方メートルあり、常時注水して水深一メートルを保ち、さらに酸素補給のため二台の攪水装置を作動させ、十分な水量と酸素補給があり、養鰻の状態は極めて良好であった。

しかし、本件実演の前夜から、被告らの指示により、減水し、昭和五〇年七月六日午前一〇時の実演開始時には、水深五〇センチメートルとなり、攪水装置も停止させた。

そして、ベンドポンプは、午前一〇時から午前一一時頃までは排水のみをし、午前一一時頃から養鰻を吸い上げ始めたが、ポンプ内部で養鰻がたたきつけられるダンダンという音が連続し、排出口から出てくる養鰻のえらや鼻から出血したり、背びれが裂けたり、体に裂傷を負ったものが続出したのである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3項記載の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因4項の主張について判断する。

1  本件契約の法律上の性質は、ベンドポンプの、いわゆる試験売買であって、被告らは、ベンドポンプを使用して第四号池内の養鰻を(A)、(B)池まで搬送することを実演し、右実演の結果が良好であれば原告は右ポンプ一台を買受けるという契約であり、右搬送方は被告らが無償で行い、右実演の結果が良好でなく原告が右ポンプを購入しないことにした場合にも、被告らは右搬送の対価を原告に請求できないというものである。

ところで、一般にいわゆる試験売買において、当該商品の実演の結果損害が発生した場合において、売主側がどのような責任を負うかは、もとより一概にはいえず、当該契約において売主側がどこまでの義務を負担したといえるかという契約の解釈にかかる問題である。即ち、ある場合には、売買の対象たるべき当該商品についてある程度の危険発生の確率が内在し、買主側もこれを承知し、損害発生の場合にはこれを甘受する覚悟であえて実演に踏み切ってもらうという場合もあろうし、またある場合には、売主側の方で当該商品から買主側に損害を与えるようなことは絶対にない旨を確約し、買主側もこれを一応自分の眼で確認するためだけの意味で実演してもらうこともあろう。

そこで、以下、本件において、被告らがどこまでの義務を負担したものといえるかについて、証拠を検討する。

2  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

即ち、ベンドポンプは、被告宮地が発明し、昭和五〇年六月五日実用新案登録の出願をした機械であるが、右出願審査請求書には、考案の名称として「養鰻池における鰻の捕集及び移送用水中ポンプ」とあり、考案の説明として「……魚を死なせず、かつ無傷に捕え、池水の排水清掃を完了するようにしたものである」と記載されている。また、ベンドポンプのパンフレットには、「養鰻の省力化に画期的なポンプ出現」との見出しの下に、「無傷で活魚を吸い上げようという一人の研究熱心な養鰻家のユニークな発想を下に……開発されたものです」という書き出しで右ポンプの意義や用途が書かれ、「特長」として、「活魚の吸い上げ、搬送に最適、うなぎの場合全く無傷」と記載され、殊に「うなぎの場合全く無傷」の部分は、太字で目立つように記載されている。

そして、原告代表者は、本件契約に先だち、被告らから、右パンフレットに基づいて、ベンドポンプの意義・性能等についての説明を受け、その際養鰻が死傷するようなことは、ごく少数であればともかく、多数魚が死傷するようなことは絶対にない旨の説明を受けた。

ところで、養鰻の池替えは、大変な労力と時間を伴うものであるから、もしこれが容易にできるポンプがあればとは、養鰻家の誰しもが願うところであった。しかし、多大の投資をした養鰻を死傷させてしまうのでは何にもならず、「無傷で搬送できる」ことが絶対の条件でなければならないのは当然のことである。

以上認定の諸事実を総合すれば、被告らは原告に対し、本件契約に際し、養鰻を「無傷」で搬送することを、黙示に約諾したものというべきである。

三  請求原因5項の事実中、被告らが、原告主張の日時にベンドポンプを用いて第四号池内の養鰻を(A)、(B)池まで搬送したことは、当事者間に争いがない。

そこで、以下、請求原因5項のその余の事実(死傷の有無と死傷魚の数)及び仮定抗弁(責に帰すべき事由の有無)について判断する。

《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

即ち、昭和五〇年七月六日、午前一〇時頃より、第四号池内の別紙図面(8)点付近にベンドポンプを据え付けて実演が開始された。第四号池内の水位は、予めの打合せにより、平常時より約三〇センチメートル位減水してあったが、右(8)点付近は、すり鉢状になった第四号池の深い所であったのでなお一メートル三〇センチ位の水位があり、同所付近にやぐらを組んでポンプを吊るしてこれを使用した。ポンプから別紙図面(5)点付近を経由して(6)点付近までパイプを引き、右(6)点付近にロストルを置いて、同所に排出されてくる養鰻を、(A)、(B)池に入れるという作業過程であった。

さて、ポンプ始動後、最初の約一時間位は、殆ど水が排水されてくるだけであったが、約一時間経過後から養鰻が吸い上げられ始めた。しかし、ロストルに排出されてくる養鰻の多数は、ポンプ内部を経由してくる途中でたたきつけられたためか、脳震盪を起こしたような状態で弱っており、しかもかなりの数が、魚体にひっかき傷があったり、骨が折れていたり、口や鰓から血を出したりしているものであった。そのため、原告代表者らが右事実を指摘してこれを被告らに確認してもらったところ、被告らは、右使用ずみのポンプを、実演終了後に原告に購入してもらうべく用意してきたもう一台のベンドポンプに取換えることにし、右同日午後二時頃、ポンプの取換え作業を終了した。しかし、ポンプ取換え後にも、傷のある養鰻が排出されてきたので、原告代表者は、このことを被告らに指摘したが、前よりも傷魚の数が減ったこともあり、被告らは、大したことはない旨説明し、原告代表者も大したことはないものと思って、特に実演の中止を求めることまではしなかった。そして、同日夕刻に至り、原告代表者は、遅くなったことと養鰻の状態がよくないことを理由として実演の中止を求め、被告らが帰った後に搬送された養鰻の状態をよく調べてみたところ、養虫三二八キロ、養太七五八キロ、合計一〇八六キロの養鰻が死傷しており、これらはすべて、放棄処分(養虫の場合)及び死鰻としての売却処分(養太の場合)に付さざるを得なかった。

ところで、右同日午後三時頃、第四号池内の水が非常に少なくなり、養鰻がいわゆる鼻上げを始めたので、第四号池への取水用のバルブと、第三号池の排水口から給水がなされたが、(A)、(B)池へも同時に給水していたため、必ずしも十分な水量は補給されず、鼻上げの状態はあまり改善されなかった。

しかしながら、第四号池内の養鰻は、実演に備えて二日前から餌も止めてあり、わずかの時間鼻上げの状態が続いたからといって養鰻が酸欠死するとは容易に考え難いところ、前示のとおり、死傷魚の多くが、骨折や裂傷を負っていたことに鑑みると、死鰻が生じたのは酸欠死によるものである旨の被告らの主張は首肯できず、したがって、右事実を前提とする被告らの仮定抗弁は、その余の点について判断するまでもなく採用できないものといわなければならない。

四  そこで、原告の蒙った損害について判断する。

《証拠省略》によれば、原告は、請求原因6項(一)、(二)で主張のとおりの得べかりし利益を喪失したものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないが、同項(一)の養虫の逸失利益の算定については、一匹一四グラムの養虫が一匹二〇〇グラムの養太に成長するまでには、病気で死んだり、その他種々の不確定要素があることを考慮し、控え目に認定するのが相当であるから、原告主張の金額の七割に相当する金五五五万六三四〇円をもってその損害と認めるのが相当であり、これと、同項(二)の損害金八五万〇三〇〇円とを合せた、合計金六四〇万六六四〇円が原告の蒙った損害というべきである。

ところで、原告代表者は、前認定のとおり、養鰻が傷を負って搬送されてくるのを現認したのであるから、それ以降死傷魚が続出することのないよう細心の注意を払って監視し、もし死傷魚がなお搬送されてくるようであれば直ちに実演の中止を求める義務があったものというべきである。

然るに、原告代表者は、右監視義務と実演を中止させる義務を怠り、慢然実演を継続させて損害を拡大させた過失があるものというべきである。そして、その過失の割合は、原告の蒙った損害の三割についてこれを自ら負担すべきものとするのが相当である。

そうすると、被告らが原告に対して賠償すべき金額は、前示損害額の七割に当たる金四四八万四六四八円となる。

五  よって、原告の被告らに対する本訴各請求は、被告らが各自金四四八万四六四八円及びこれに対する被告らへの訴状送達がなされた日の翌日である昭和五一年一月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるからその限りでこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

〈以下省略〉

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